2017/02
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☆そして猫☆
そして・・・猫

小さい頃、を飼っている家庭って無いものだと思っていた。

友達の飼っている黒猫のミーコは野良ちゃんのよぉに我が家の
お風呂のフタの上で寝ていたり、外で遊んでいても、塀の上で
『ミャー』と挨拶してどこかへ行くし。

沢山家に猫が居た友達宅では、アレルギーなんて言われて居ない
時代に、くしゃみで息苦しく、体が痒くなって、
猫は可愛くない。近づいたら逃げていくものだ、と思っていた。

ピーコを殺したのは猫。そんなに可愛いと思ったことがなかった。

ペットという存在が居なくなって、姉は高校短大へ。
私は高校そして就職。

夏の夕立の帰り道 『ぴゃうぴゃうっ』 と悲壮な泣き声がした。

『猫や・・見つけてどぉする?拾ってどぉする? 』 とか考えたかどぉか。

声を頼りに行くと建物の溝の中に白い小さなものがぴゃぅ~と鳴いた。

こんなときゃっ何も考えてない。
『こんな雨の中、夏でも溝で冷えて死ぬっ!!早く早く』くらいは考えたかな。

なんとか溝のフタをこじ開けて、どろどろに汚れた仔猫を胸に抱いた。

その日は帰りは友人の車で、子猫が鳴いて生きてることを確かめながら

途中『なんかこの子ざらざらするし、手の中がざわぞわするな?? 』

よく見ると体中に。顔中に凄い数の黒い大きな蚤がうごめいていた。

腕や胸もチクチク痒いし、蚤を見るのも初めてで、ゾわぁ~と寒気がして
髪の毛が逆立つ感じ。

『 ひぇぇぇぇ怖い。こんなん抱いてた・・・ 』 と思ったけれど、
体中蚤にはわれているこの仔猫の方が辛いに決まってると。

私が死ぬわけやないしっと暖めつづけた。

家の前で友人と別れ。。さて問題は家の中の父・・・・。
猫だけは無理やな・・・・。

昔から散々見つけた捨て犬だって
連れて帰ってはダメダメ。。。父だって拾ってしまったけれど、

結局親戚のおうちに行ったり。

絶対叱られる。。。捨ててきなさいと・・・・。。

まぁ・会社近くでなんて言い難いし、今家の前に居たっていぉう。

玄関を開けて『おとぉさんっ、家の前に仔猫居てたぁぁっ 』 と

大根役者は声がやたらでかい。

父の反応はとても意外で、『わぁえらいこっちゃ、こんなに赤ちゃんやんか』

『可愛いなぁお前ぇ~』と抱きしめて。さっさと家の奥へ行ってしまった。

『蚤だらけやで』 というと仔猫のお尻にフマキラーを掛けたっ。

『そんなんしたら死ぬ死ぬ』っと叫んだら、
『大丈夫やっ』っとすぐ暖かい御湯でシャンプーした。

( 人間のシャンプーで?? 人間のが一番低刺激でいけるんです。)

やむを得ず、こんな場合は・・。

子猫は生後1.2週で、飢えと恐怖で鳴くばかりでした。

暖めて、少し水分を口にしたら、鳴き疲れてその日は眠りました。

次の日に猫用ミルクと哺乳瓶購入。
我が家初 !! ミルクから赤ちゃん猫を育てる日々になりました。

まぁ・・・3時間おき。

ほぼずっとべったり父が・・・。。

ちび猫は女の子でミルクを飲みスクスクと育ち、ひと安心でした。

何故父がこんなにこの仔猫に食いついたか・・・。
ちょうどその頃友人や義理の兄が病死し、寂しさや虚しさ、
父なりにとても辛い時期だったのだと思っている。

『名前はトントや』 そぉ即決した父は映画も好きで、( そして私も・・)

『老人と猫』という古い洋画があって、年老いて、家族とのしがらみから
離れ猫と旅に出る老人の話だったと思う。

その頃の父は自分とその主人公を重ねていたのだろぉと思う。
確か映画の猫は茶トラちゃんで雄だった気がするけど。

トントという真っ白な子猫は、耳と鼻・足と尻尾の先が茶色になり、
シャムmix バリネーズ?? となんとまぁ気位のたかそぉな美人猫になった。

『猫は目が怖い。嫌い。私はねずみ年生まれやから』 と訳のわからない
理由をならべる母も、ゴロゴロとのどを鳴らし眠るトントが可愛らしく
夏場の夜に、バスタオルにくるんで、『抱っこしてねんね♪お散歩♪』
などと言っては抱えて外を歩いた。

通りすがりの人が 『 あら?お孫さん?』 と覗き込んで行かれるらしい。

痛いおばさんに見られたかも。『皆、ビックリしてはったわ♪』と母は
とても嬉しそうにしていた。

気が強いトントは姉と私を傷だらけにし、特に父に懐いた。
かにカマボコ という、父の特別扱いも実施されていたけれど、

父の手のひらで育ったのだから・・・そら仕方ないわね。。

運動の為に夜ウォーキングに出かけていた父を、トントはしばらく付いて
走り見送り、近くの小学校のグランドで遊び、必ず父の帰りを待っていた。

足音や気配で学校から、首の鈴をチリチリっと鳴らしてお出迎え。
そして一緒に帰ってくるのでした。

その後次々と我が家に猫が来るきっかけとなったトント。
13年たった春のお彼岸の朝、突然眠るように逝ってしまった。

何時間か前まで母の足元で甘え、朝の父のカニかまぼこを待たず。

体は温かく眠ってると思えるほど。穏やかで急すぎるお別れでした。

トントとの別れに父が一句。
とても父らしいお悔やみの薄墨で書いた色紙が今も壁にかかってある。

『春の日に桜花より先にトント往く』

逝くではなく往くを使った父の想いが、ぐっとくる。

気丈な父もトントとのお別れには家族の前で泣いた。

父も歳をとったのだなと思った。

トントだけは父がいつかどんなに悲しむかと心配だったし。

この日のことは一生、忘れないでおこうと思った。。。
忘れる事なんて出来ないけどね。。

あの日自宅前に居たのは嘘。わりとすぐに白状しておいた。

『そんなん、わかってたわ』と父は言ってたけどね。さっすが~♪

トンちゃん。あの夕立の日に呼んでくれてありがとぉね。


生き物を飼う。一緒に暮らすというのは、人間と一緒ではいけない
条件が沢山沢山ある。

幸せそぉ♪と思うだけで、喜ぶから♪という理由で人間がその命を
危険にさらしていること。

みんなが教えてくれた気がしている。

そして。最後まで。大切に可愛がってあげること。

父がその後事故や病気で大変辛い日々を送って亡くなるまで、
たくさんの猫が居て、猫で困って、猫で笑って、猫で泣いて。

それもすべて幸せな思い出となっている。

犬や猫をひろっては、飼われへんで!! 自分の事も出来ないのに !!

そぉ叱り付けて居た両親だったけど、色々な動物を『うちの子』に
してきた家族。


その子たちの可愛い話や、奮闘したこと。居てくれた時の思い出話。

そんな経験をさせてくれた両親と姉と環境に、私はとても感謝している。


そして。今。猫だらけの家族になったことに多少の・・責任は感じている。

とはいえ。猫に囲まれている生活は結構な幸せと思う。


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トントありがとぉ♪
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テーマ : 猫のいる生活
ジャンル : ペット

☆鳩の思い出☆
歴代居てくれた動物達のことは未だに良く思い出す。




ある夜従兄弟から電話があって『鳩飼わへんか? 鳩。
高架の下に落ちてて怪我してる。まだ雛や、このままやと死ぬ』

届けられた箱をワクワクしながら覗いてみたら土鳩と言われる、
神社や高架に居るグレーと青紫の胸元の結構大きい子。

尾を怪我していて羽がボロボロ、怖がってバタバタしてる・・・。

ピーピーと鳴いてるけど。『大きいな、雛やないし、懐くかな』と思った。

家族中で検討の結果その頃みんなが大ファンだったドラマの渡哲也の
呼び名から『くろさん』という名前になった。

時代がバレる・・・それに雄やったから良かったけどね。

何日かしてくろさんは、箱から出て腕にとまったり
家族を覚えてピーピーと甘えて近寄ってくる様になった。

ある日ピーと言う声が詰まったのかな??? と思った途端、
『ぶぼぉ~』と鳴いた。。。びっくりした。大人になった。

ひとまわり体も大きくなって雄のくろさんは声変わりでした。
やっぱり来た時は雛やったんか・・・・と思った。

それから少しずつ庭に出して飛ぶ練習に入った。

父は小屋をつくり夜は小屋に、毎日食パンの『みみ』は人間に、
白い部分はくろさんに。

指で直径4ミリほどに丸めておやつとして毎日デレデレ甘やかしていた。

父の特別扱いである。

くろさんは尾羽が歪んで少ないまんまでも
すっかり回復成長して上手に飛べるよぉになり、2階の窓から入って来ては、
机の上で勉強の邪魔をしたり、玄関に立つお客さんの頭に止まって
家に入ろうとたくらんだり、お昼寝も一緒。

自転車に乗って帰宅する時に家まで200mはある角を曲がって来ると
電柱の上で待ち、飛んで来て肩あたりを低空飛行して家まで付いてくる。

毎日必ず出迎えに来た。

鳩がこんなに甘えたで賢くて可愛いものなんだと知った。

ポッポロポッーポーと鳴いてぐるぐる廻っては胸を膨らまし、
お年頃のアピールも出来る様になっていた。

こんなに慣れてしまって家族の一員となったくろさんも、

鳩なんやから帰巣本能はあるのかどぉか。
こんなに住宅地でいるより仲間の居るところへ行った方が・・
野良の鳩ちゃんを飼ってるなんて、糞害も、ご近所の手前など
父も色々悩んだと思う。

うちでもかなり自由だったけれど離してあげよぉと言うことで
家族全員で車で、3キロほどの保護した辺りでくろさんを放してみた。

『自由に生きていったらいい。どぉせ戻っては来れないやろう。』
そんな風に言う父も、実はそんなチャレンジしたくなかった私たちも、
夕方まで何度も空を見上げて・・・

『やっぱりよぉ帰って来やんのかな』と。。。。
『元気に生きていけるよな。。。』とかぐずぐす。

そんなに切ないなら遠くへ放さなければ良いものを・・・・・

もぉ空が暗くなるなとそろそろ諦めはじめた時に、くろさんが目の前に
飛んで帰って来た。

必死な様子で息をあげ、羽を広げて降りて来た。なんか泣きそうになった。

『くろさん♪お帰りっお帰りっ♪かしこかったなぁっ♪お水あげよっお水っ』
と・・・・訓練??? 成功ぉぉぉっ。これで完全にうちの子っっっ。

という結果になり。

『放しても帰って来てしまうんやからなぁ』とかなんとか・・・。

鳩でも、家族に捨てられたと思って必死で帰って来たんじゃないか、
その様子が切なくて可愛くて、立派に鳩になって誇らしいよぉな・・・

でももぉ2度と何処かへ放してみるなんて話は出ませんでした。

人に懐いて警戒心もなく、ぽっぽろぽっぽろ遊ぶくろさんは、
それなりに幸せだったと思う。

居てくれるのが当たり前と何年かして、くろさんは突然イタチに
襲われて亡くなってしまった。

野性でもあり得る事なんだろぉか。

人に飼われていた警戒心のなさもあると思う。

冬のお昼間に、庭で遊んで遊んでと誘うくろさんに、『また後で♪』
と言ったのが最後。

夕方くろさんが居ないと探す父の『あ~!!!』という声で・・最後を理解した。 

父は、縁の下で亡くなっていたくろさんを、いつものお墓に埋めてから
『みんな来てや』と呼んだ。


残酷な姿を子供には見せないように、バラバラになった体をくろさんの
形のままに頭と羽と脚を並べて。

軽く土をかけて横になって寝ている姿にしてお葬式をしてくれた。

ごめんね。いっぱい有難う。かしこかったね。苦しかったね。ごめんね。

頭を撫ぜたらぐらっと位置が動いてしまう。

うわぁぁぁぁぁ~と泣くしかない。

そんな亡骸を拾い集めた父はどんなに苦しかっただろう・・・。

『ねぇちゃん♪遊んで遊んでっ』と甘えていた姿が今でも消えない。

『後で』 は無かったんやね。。。離れてごめんね。。。。

未だ神社や公園で、にどんなにたくさん居る鳩の中にも、
くろさんにそっくりさんさえ居ない。

柄も顔も違いってちゃんと分かる。。。。

姉と良く話す。『あんなに可愛いハトはくろさん以外居てないね。』

テーマ : 猫のいる生活
ジャンル : ペット

☆ひよこの思い出☆
歴代居てくれた動物達のことは未だに良く思い出す。


ひよこ・鶏

母の友人が『手土産に駅前でケーキを買ったらひよこが付いて来た』
箱に入ったひよこを5.6羽うちにつれて来た。

姉と私は大喜びで。首輪にしようと思った鈴を持って走るひよこが可愛く。
ある日庭に放して遊んでいた。
そして何も考えずいつも通り犬のナチも放してしまった。

当然ナチは本能と、ちょうどお腹も大きい時で、気が立っていて、
ひよこ達を次々噛んでしまった。

私はただ、わぁわぁ泣くだけで、姉がナチを捕まえて何羽か助かった。

この事は 『ねぇちゃんはすごい出来事』として私の記憶に残っている。

なんせ、子供がしでかす事は、時に残酷な結果となり。
泣きながらお墓をつくり、生き物はオモチャではない。

可愛いだけでは無い。命あることを学んだのだとは思う・・・。

ひよこは弱く、残った何羽かも死んでしまって、ピーコ(名前は皆ピーコ)
1羽だけがうっすらトサカも生えて、ご機嫌に育っていた。

ある日裏の猫がピーコを襲い、白いハンカチに包まれ
白い箱に入って、ピーコはお詫びのケーキと一緒に帰って来た。

来た日も、亡くなった日も、白い箱に入って、ケーキと一緒やったね。
『猫なんか大っ嫌いや』と泣きながらもケーキはしっかり食べた・と・思う。



にわとり


夏になると駅前に夜店が出て、うどんでひよこを釣る屋台があった。

連れて帰って 『親に叱られた』 と、友達がひよこを2羽連れて来た。

雄雌一羽ずつ。一緒に遊んで。一緒に寝て。
大人になった頃は雄は立派なトサカで朝っぱらからコケコケうるさいし。

本気でふくらはぎを噛みに来るので 
『あの可愛いひよこが何でこんな事にぃぃ』ぐらいに怖かったし痛かった。

一方雌のピーコ ( またピーコ)  は温和で可愛いかった。

どこへでもついて来て、枕に顔を乗せて、
撫でてあげると下から上に瞼が閉じる。。。

ある日学校から帰ったら、怖い雄鶏とピーコが居なくなっていた。

夜店で釣って来た友達の田舎へ連れて行ったと聞いた。

うちでは雄鶏は煩すぎてご近所迷惑なので、田舎で広々幸せやから。
そう言い聞かされても、可愛いピーコまで連れて行ったと泣いて泣いて。

それから25年。父が事故に遭い入院した際に、
後遺症の意識混濁も収まり、色々な記憶が鮮明になったらしく、
付き添いの病院でよく昔の話を聞かせてくれた。

ペットやピーコの話題になって、あの時本当に田舎に貰われては
いったけれど、本当は家畜として食用になったと聞かされた。

『私のペットやったのに食べたなんて25年も経って知りたくなかった』
とドンビキの私に。
父は『言うてなかったか? そらすきやきか、から揚げにしてはるわな♪』と。

テーマ : 猫のいる生活
ジャンル : ペット

☆犬の思い出☆
ものごころついた時からいつも動物に囲まれて。
気がついたら猫だらけ♪うちにゃん・友にゃん・あずかりにゃん♪

歴代居てくれた動物達のことは未だに良く思い出す。
良い時代 ? 家族中で可愛がり、残酷な失敗も多々ありました。

父と母と姉と私。姉と私は独立し、最愛の父が亡くなった今も、
あいかわらず猫に囲まれ翻弄されている日々なんです。


犬のお話
ナチ


うちには父が拾って来たナチという雑種の犬が居た。
ご近所にも番犬・猟犬なんかが飼われていた。

高いフェンスを乗り越えて、脱出してくる猟犬たちも
泣きながら逃げる私たちを襲うなんてことは無かったな。

今でも走って逃げる夢は見たりして必死でドアを閉めたりしてる。
だって、熊や猪と戦う猟犬だったから。

ナチは3度おかぁさんになり
小学生の私も産まれてくる仔犬を手で受けたりもした。

青黒い羊膜に包まれて出てきた仔犬は手の上でナチが膜を食べ。
仔犬の体を舐めて産声を促し、くわえて小屋へそしてまた手の上で。

犬小屋で、ナチは育たなかった子を取られまいと食べたりもした。
スクスクふわふわに育った仔犬達は順番に知り合いに貰われて。

狂犬病の注射は近くの公園や学校へ行った記憶がある。
でも動物病院なんてどこにあったのだろうという時代。

ナチは年老いて腹水が溜り、ある朝亡くなった。

歳老いて衰弱していくのだと思っていたけれど、
今思えばフィラリアだったのだと思う。

賢くて優しくて可愛いナチ。
今ならもっとお散歩もして長生きさせてあげれたのにな。


ブルドックのベラミー

従兄弟が昔では珍しいブルドックを飼っていた。

見た目に似合わず、人なつこくて、なんだったのかテレビにも出た。

可愛がってくれるおばぁちゃんの花壇を荒らしては、
ゲタで""ビジバシッ""しばかれていたので
おばあちゃんが玄関でゲタ箱に手をかけただけで飛んで逃げた。

雷は怖いおばぁのゲタも怖い。でも人は大好きで。

従兄弟一家の旅行の間うちにお泊りに来た時は、
庭で寝てるのに家中に響く、でらびっくりなイビキでした。

テーマ : 猫のいる生活
ジャンル : ペット

プロフィール

かぁーにゃん

Author:かぁーにゃん
長女ちょびは2010年5月に
次女モカちょは2014年7月にお空へ☆
うちのこは、黒猫2匹となりました♪
真っ黒ゴリラ達とのうだうだな生活と、
友達・家族にゃんことの
日常なんかをまったりと♪

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